先日帰宅すると父親が汗だくになりながら我が家の作業場兼喫煙場兼工具置き場 つまりプレハブをぶっ壊していた。
父親は短絡的な思考回路の持ち主であり、余すところ無く私にも遺伝しているのだがどちらかといえば私の方が計画的な気がする。物理が好きな所為で。
プレハブをとりあえず壊すのにハンマーを振りかざしながら行っていたが、だんだんめんどくさくなったらしくサンルーフのついたなんだ、バルコニー?サンルーム?良くワカランが、を一緒に壊してしまった。
目がイッちゃってた。
それで収拾が付かなくなって私が呼ばれたのだが、私も無計画に行うのがスキだし、何より父親よりも派手なのがスキだ。
父親の車でプレハブに突っ込んで壁を壊してみたら爆笑していた。
なるほど、その手があったかと。大体、壊すにしても中の物はそのままだし片付ける気も無いようだったから、中身ごと壊してしまえばいいのだ。
母親はどうやらそのスペースを利用して植物を育てたいらしく、父親はそのスペースを作るために生きているのだ。大まかに言えば人生において男性とは女性の要望をかなえるのが仕事だ。私には出来ないので結婚もしないのだが、この夫婦を見ていると嬉しくはなる。
数時間後には立派な更地が出来上がったので、早速母親がアジサイやらなにやら良くワカランモノを植え始めた。私はこの時には既に更地を利用してガレージ的なものが欲しくなっていたので、植えられた植物を片っ端から移動しながら母親と会話を楽しんだ。
母親の言葉はほぼ罵倒だったが。
バイクを快適に置くスペースが出来、両親の車を置くスペースも出来、更にもう一台ぐらい車が置けるだけのスペースが確保できた。
そこでまた私の短絡的思考の賜物である物欲が頭を持ち上げたのだ。ビートルが欲しい。
思えば私にとっての車とはワーゲンビートルであり、5歳の時に近所の鉄工所で見たアノフォルムが焼きついているのだ。
乗るならビートルだと決めたが、その後バイクにハマリ車なんてクソだという方程式が出来上がってしまった為車の免許すら取らなかったのだが。
それでも免許を取り、タダ同然で車を乗り継ぎ、ビートルにたどりついたが忌々しい結婚の為に手放し、何故かワーバスを買ってしまう。ソレも離婚の時に売り飛ばした。この辺はサクッと流す。
その後も古いクラウンをウィスキー一本と交換して乗っていたりしていたのだが、やはり私にとっての車はビートルなのだ。
ビートルという車はなんかシランが魅力的なのだ。ニュービートルは嫌だ。ビートルなのだ。アノフォルムなのだ
あのフォルムである限り、メキシコで作られたものだろうがドイツで作られたものだろうがその辺はこだわらない。
そして古い車だからトラブルが多いんじゃないかという意見も良く聞くが、そんなものは当たり前だ。ただし、本当にトラブルなのかどうかということだ。 日本車はメンテナンスフリーな部分が多いがその文車の構造なんてわかりません的な輩が乗り回した挙句突然壊してキレたりするのだ。オイル交換ぐらいやっとけ。愛車だというワリにはエンジンルームのあけ方もシラネェ位ならどんな車に乗っても同じだ。日本車だろうがオーストラリア車だろうが壊れる。自分の車のバッテリーの位置ぐらい知っとくべきだろ。
だから私はビートルが好きなのだ。今の車は良くワカラン部分が多くて理解しようともし無いが、ビートルは構造が簡単なのだ。
それでも、ワカランモノはワカラン。
この記事も良くワカラン。

とりあえずビートルは唯一私の好きな車だ。それ以外はシラン。
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